研究レポート

(研究ノート)ガソリンの政治経済学(第1編)‐歴史篇:航空ガソリンとオクタン価100の戦い(1935年)‐

執筆者 平井 晴己
要旨  20世紀には様々な技術革新が行われ人類の生活様式は一変することになるが、20世紀後半は、まさに「自動車とガソリン」の時代であったと言っても過言ではない。自動車技術の進歩は、石油精製業に大きな影響を与え、逆に、石油精製業の革新は、自動車技術の進化に大きな影響を与えた。現在の石油精製業は、ガソリンの生産技術を核とする体系であり、その技術の大半は、第2次世界大戦の直前及び戦中に、航空ガソリンの製造技術の革新の中で生まれてきた。戦争(あるいは大災害)は人類にとって悲劇的なものであるが、人間の意識を変化させ、また人的、物的資源の集中をもたらし、新しい創造へのインセンティブを与える側面があることも事実である。
 昨今は、「とにかく、再生可能エネルギーを、EV車だ、エコカーだ」という大合唱の中で、ガソリン車は、「時代遅れで過去の遺物、消えていくのかも知れない」と言わんばかりの扱いを受けている。しかし、もう一度、原点に戻って、新しいブレーク・スルーの可能性とその意義について関心を向けることを、声を大にして言いたい。事実、マツダ自動車の山内孝社長は、2010年10月20日、マツダの低燃費技術の説明会で、「ガソリン車やディーゼル車の燃費改善を優先させることが、世界のCO2削減に向けた正しい道だ」と言い切った(日経ビジネス2010年11月1日号)。マツダの新型エンジン「SKYACTIV-G」は、圧縮比を14まで高め燃焼効率を大幅に改善したという。このエンジンを搭載した新型デミオは、1ℓで30kmを走り、ハイブリッド車に匹敵する驚異的な燃費を実現したと見られている。マツダに限らず、他の自動車メーカーでも、燃費向上のために様々な取り組みが始まっている。
 本稿の目的は、もう一度、石油精製業の原点に戻り、その歴史的な流れを踏まえ、今後の変化を分析することにある。接触分解プロセスは、1937年(より正確には1942年の流動接触分解プロセス)に登場したが、この背後には、未曾有の大戦争(オクタン価100の航空ガソリン)と、スタンダード石油とドイツの巨大化学企業、IGファルベンの提携による技術の移転(石炭液化に関する水添技術)が重要な役割を果たした。このプロセスは、重油を分解して、接触分解ガソリン(基材)など付加価値の高い製品を高収率で得ることができる。また、その品質は、原料の性状(原油の性状)如何にかかわらず、ほぼ同一のものになることから、ガソリンの大量生産を可能にした。戦後の自動車の時代を準備したと言える。いずれにしても、このプロセスの登場が、蒸留を中心としたシンプルな事業から、石油「化学」工業への飛躍を石油精製業にもたらし、70年を超えた現在も、中核的な技術として存在しており、日々、技術の進歩が続いている。今後も、石油精製業の発展の鍵を握る技術であることは疑いないであろう。
メディア情報 HP (2011年8月18日)
要旨PDF https://eneken.ieej.or.jp/data/4028_summary.pdf
論文PDF https://eneken.ieej.or.jp/data/4028.pdf