理事長挨拶

Greetings from Chairman

理事長 寺澤達也

寺澤 達也

日本のエネルギー・環境分野は目下、様々な重要な課題を抱えております。そこで、日本の今後の取り組みに大きく関係している昨年のCOP28にも参加した私自身の所感も交えながら振り返った上で、2024年度の課題についての展望をここに書き記したいと思います。

1.COP28:注目点
(1) 概観
 メディアは化石燃料に関する記述にもっぱら着目し、「化石燃料からの脱却」という文言で参加国の妥協が成立したことを強調していました。この他には、再生可能エネルギー設備容量を2030年までに3倍増する世界全体としての目標を掲げたことも報道の中心となっていました。この両点には確かに大きな意義があるのですが、COP28では、主として報道された事項以外にも多くの注目すべき点がありました。

(2) 地球温暖化ガス(GHG)の野心的な削減
 温度上昇を1.5℃以下に抑えるためには、2019年比で2035年までにGHGの排出を60%削減する必要があると強調しています。その上で次の国別削減目標(NDC: 2035年が目標年)を各国が2025年の早い時期までに提出するよう求めています。その際次期NDCは1.5℃目標に整合させることも慫慂されています。ちなみに現在の日本のNDCは2013年度比で2030年度までのGHG46%削減を掲げています。

(3) 原子力、CCUS、transitional fuelsの役割の明記
 COP28の最終文書の中では、原子力とCCUS(二酸化炭素利用・貯蔵)の役割が明記されるだけでなく、天然ガス・LNGと理解されるtransitional fuelsのエネルギー転換とエネルギー安全保障における役割も明記されています。これは長いCOPの歴史の中でもはじめてのことです。これまでは環境NGOなどの中では原子力、CCUS、さらには天然ガス・LNGに対する拒絶感が強かったのですが、カーボンニュートラルという難しい目標を実現するためには、好き嫌いを横において、総力戦が必要だという国際的認識が広がったものだと理解しています。

(4) Hard-to-Abate Sectorsと送電線への関心
 COP28の会場での様々なサイドイベントの中でも目立ったのがHard-to-Abate Sectors(排出削減困難分野)関連でした。これらのセクターは電力化が難しく、このために脱炭素化が難しいとされる分野であり、鉄、セメント、化学などの産業部門や、航空、海運、長距離や大型車の陸運などの運輸部門が典型的な例です。こうした分野は再生可能エネルギーの導入拡大だけでは脱炭素化ができないため、カーボンニュートラルを実現する上での最難関とされています。
 このための対応策として、水素・アンモニアやCCUSの重要性が強調されていましたが、コストの高さが問題視され、これを乗り越えるためにもカーボンプライシングの必要も指摘されていました。
 再生可能エネルギー拡大のためには、再生可能エネルギーが豊富な地域とエネルギーの需要地をつなげる送電線整備が不可欠であることも共通の認識になっていました。印象的な言葉としては”Without transmission, no transition”というものがありました。再生可能エネルギー拡大に向けて現実面での制約を直視し始めてきた証かと感じました。

(5) エネルギー効率向上への過大な期待
 COP28ではエネルギー効率の改善率を2030年までに倍増することが目標として掲げられました。これは2022年の実績である年率2%改善を踏まえて、2030年までの間年率4%にするというIEAのネットゼロシナリオにおけるエネルギー消費原単位(一次エネルギー/GDP)の年平均改善率を前提にしています。しかし、2022年はロシアがウクライナに侵攻したエネルギー危機に直面し世界的なエネルギー価格の高騰を受け、エネルギー効率は欧州を中心に大きく改善しましたが、その前の4年間の改善率は年1%程度にとどまります。このように平時におけるエネルギー効率改善は年1%程度であるところ、年率4%目標はこれを4倍にして、今後2030年まで継続するというものです。非常に難しい目標であることが理解してもらえるかと思います。

2. 2024年度:日本の課題
(1) 次期エネルギー基本計画策定作業
 上記のとおり2025年の早い時期に次期NDCを提出するためには、それまでに2035年を目標年次とした次期エネルギー基本計画を策定しておくことが必要となり、そのための作業には2024年度のしかるべきタイミングで着手することが想定されます。
 現在のNDCは2030年度時点でのGHG46%削減(2013年度比)を目標としていますが、この実現はけっして容易なものではありません。一方、上記のとおりCOP28は2035年時点での世界全体での60%削減(2019年比)の必要性を打ち出しています。日本の様々な制約を踏まえ、野心と現実をバランスさせ、S+3E(安全、環境、経済、エネルギー安全保障)の同時実現につながる新たな目標を日本として見出すことが肝要となります。
 その際、省エネルギー、再生可能エネルギー、原子力をどう見込むのかが大きなポイントとなります。

(2) 省エネルギー
 COP28でも上述のとおり極めて野心的なエネルギー効率向上目標が掲げられています。長年省エネに取り組んできた日本がこの高い改善目標を実現することは極めて難しいのが現実ですが、GHG削減のためにはまずは日本もエネルギー効率向上に取り組むことは必須でしょう。
 2022年には省エネ法の大きな改正が行われ、従来からの化石エネルギーの効率的利用に加え、非化石エネルギーへの転換や供給変動に応じた電力需要の最適化を含む需要の高度化も法律の柱として位置づけられました。この結果、法律の名称にも「エネルギー使用の合理化等」に加え、「非化石エネルギーへの転換」が追加されています。
 この改正省エネ法は現在着実に施行されていますが、今政府の審議会では更なる制度強化に向けた議論が進んでいます。テーマとしては、給湯器のCN化、エネルギー消費機器のDR Ready化(需要管理に対応できるよう予め機器の準備を進めておくもの)、エネルギー供給事業者による需要家への働きかけなどが挙げられており、これらの点について議論が深まることが見込まれます。

(3) 再生可能エネルギー
 日本の様々な制約を踏まえると、COP28が掲げるような再生可能エネルギー容量の2030年までにおける3倍増を実現することは難しいのが現実です。他方、GHGの更なる削減のためにも、再生可能エネルギーの拡大に向けた取組の強化は避けられません。
 2035年までの時間軸を踏まえると、長距離送電線建設により、北海道や九州の再生可能エネルギー資源の有効活用を図ることが視野に入ってきます。COP28でも送電線の重要性が認識されていました。建設のために要する時間を考えると、今年度は日本における長距離送電線開発を具体化していく必要があります。
 もちろん送電線以外にも、地元住民の理解増進、土地利用の円滑化など、またそれらを踏まえた事業性の確保など総合的な取組が必要となってきます。再生可能エネルギー増大に伴う出力変動への対応も大きな課題となってきます。

(4) 原子力
 2013年以降の日本のGHG削減を担ってきたのが、再生可能エネルギーとともに原発の再稼働です。これまで再稼働に至ったのが12基となりますが、GHG削減に向けては、安全性を確保しつつ、残る21基の再稼働と建設中の3基の完成が極めて重要になってきます。昨年の法改正を踏まえ、運転期間の延長の実現も進めることが必要です。
 原子力はGHG削減の他、エネルギーコストの引き下げ、国富の流出防止などにも大きな意味を持ちます。再稼働プロセスには、原子力規制委員会による審査や地元自治体の同意確保など、複数のステップがあります。2030年のNDC目標をまず実現するためにも、再稼働プロセスの円滑な進捗が期待されるところです。

(5) 水素、CCS、カーボンプライシング
 COP28でもHard-to-Abate Sectorsの脱炭素化のため、水素やCCSの役割が強調されたところです。このため、日本でも水素の価格差に着目した支援制度等を導入するための法案と、CCSに関する法的枠組みを整備するための法案が今の通常国会に提出されております。
 この両法案の順調な成立が期待されるところですが、法案成立で取組が完了する訳ではありません。水素の高いコストを踏まえると、財政の力だけで推進し続けることには限界があります。水素の推進につながる制度・規制改革があわせて必要不可欠となりますが、その意味で重要となってくるのがカーボンプライシングです。特に今年度は排出量取引制度の具体化を進める1年とされています。
 CCSについても、そのコスト差を鑑みると、法的枠組みに加え、支援策の具体化を進めることが必要となります。

(6) エネルギーセキュリティ
 2022年のロシアによるウクライナ侵攻、昨年10月以降のガザ危機などを経て、エネルギーセキュリティの重要性が再認識されています。中でもCOP28でもtransitional fuelsとして位置づけられたLNGの安定供給確保は極めて重要な課題となっており、日本として、どれだけ、どのように安定的にLNGを調達して行くのかが大きな課題となっています。
 デジタル化が進む中で電力のセキュリティの重要性はますます高まっています。2022年3月の電力需給逼迫の経験を踏まえ、再生可能エネルギーが拡大する中で、どのように電力需給の安定を確保して行けるのかは重要な課題です。本年はじめから実施されている長期脱炭素電源オークションの結果なども踏まえ、必要に応じて検討を行う必要があります。
 新たなエネルギーセキュリティの課題として、クリティカルミネラルなどのサプライチェーンの強靭化も避けられません。供給源の多様化、リサイクルの強化に加え、需要の合理化も進める必要があると考えます。今後、クリティカルミネラル等のセキュリティ強化に向けて取組を深化することが望まれます。

最後に:
 COP28においては、地球温暖化に対する危機感が強調される一方で、エネルギー政策の現実的な推進も意識されはじめています。こうした世界的な流れの中、日本のエネルギー・環境分野は様々な重要な課題を抱えています。
 この書き記した課題だけでも多岐にわたりますが、すべて書き尽くせた訳ではありません。特に2035年のNDCの先にある2050年のカーボンニュートラル達成に向けた課題には更に難しいものがあります。
 こうした課題についての調査・研究・提言のため、私共日本エネルギー経済研究所としては、皆様と連携しながら、全力を尽くして参る所存ですので、2024年度も何卒よろしくお願い申し上げます。

日本エネルギー経済研究所 理事長 寺澤達也
2024年4月