理事長挨拶

Greetings from Chairman

理事長 寺澤達也

寺澤 達也

2023 年は第一次石油危機が勃発した 1973 年から 50 年目に当たります。この節目に当たり、当時の状 況とその後の取り組みを振り返るとともに、日本が直面する今の課題を見ていきたいと思います。

1. 第一次石油危機と日本の対応
第一次石油危機が起きる直前の日本は中東からの安い原油に依存しながら産業発展を進 め、高度成長を謳歌していました。そうした状況の中で突然起きた石油危機は当時の日本 にとって驚天動地のものであり、安い中東原油に依存していた多くの産業がパニックに陥 るだけでなく、トイレットペーパー騒動など社会国民生活も大混乱に至り、狂乱物価も招 きました。そこではじめてエネルギー安全保障という言葉が広く認識され、その後日本は 官民をあげて省エネ、代替エネルギー開発、原油供給源の多様化による中東依存度低減、 自主開発促進、備蓄などに取り組みました。
この結果、日本は世界の省エネをリードし、原子力、石炭、 LNG などエネルギー多様化 を進め、特に LNG について国際的なサプライチェーンを世界に先駆けて構築し、石油備 蓄も大幅に上積みし、エネルギー安全保障を強化して来たことは先人の皆様の大変な努力 の賜物だと思います。
しかしながら、ロシアによるウクライナ侵攻を中心とする今回のエネルギー危機を受け、 改めて今の日本の現状を見ると残念な現実に直面します。エネルギー自給率は第一次石油 危機直前の 11.4 %から改善はしたものの、今なお 13.4 %と低水準にとどまっ ています。原 油の中東依存率は第一次石油危機前の 80.7 %からむしろ 92.5 %までに高まっていたところ、 ウクライナ侵攻後のロシア原油の引取り低下で最近では中東依存度は 95% へとさらに大幅 に上昇しているのが実態です。省エネについても近年の取り組みの沈滞を背景に欧米との 差は大きく縮まり、国単位では今や英国に劣後する状況となり、もはや日本は世界の省エ ネのリーダーとは言えない状況にあります。確かに石油代替は進めましたが、石炭は地球温暖化問題の中で今後使いにくくなり、原子力の再稼働は遅れ、LNGはその供給の脆弱 性を露呈 しています。石油危機から 50 年目を迎える今こそ原点に立ち戻りエネルギー安全 保障の強化に取り組むべき時だと強く感じます。

2. エネルギー安全保障の強化
日本のエネルギーの大きな柱に成長したLNGについては、今後長期契約が減少してい く恐れへの対応が不可欠だと思います。ウクライナ危機の直撃を受けた欧州に比べ、日本の 影響が相対的には抑制されたのはLNGの長期契約のおかげだと思います。将来にわた って一定の長期契約を確保していくことが重要ですが、今後に向けた様々な不透明性の下、 日本のユーザーはなかなか長期のコミットがで きず、長期のコミットを求める供給サイド との合意が難しくなっている点については政策的対応が急務だと思います。
原子力の再稼働について安全性を確認しながら着実に進めて行くことは、エネルギー安 全保障を向上させ、エネルギー価格安定にも貢献します。今ある原子炉の安全性を確認し ながらできるだけ長く活用する運転期間の延長も重要な取り組みです。
また広義のエネルギー安全保障の観点からは、デジタル社会化が進み、電力の安定供給 の重要性がますます高まっている中、電力供給力の不足懸念は大きな問題だと思います。
再生可能エネルギー が今後ますます導入拡大される中、大きな出力変動に対応できる制御 可能な電源を十分に確保していくことは急務だと思います。そのためには環境の変化に応 じて電力システムの進化を図ることを含め、包括的な取り組みが必要だと考えます。
再生可能エネルギーの拡大は中東依存を減らす可能性がありますが、新たな依存を生み 出す懸念があります。様々な鉱物資源の消費が劇的に増大することが確実ですが、省資源 化を進めつつ、生産量を拡大し、リサイクルを強化することに加え、供給源の偏在を緩和 することも不可欠です。まさに新しいエネルギー安全保障の課題です。

3.中東との関係
第一次石油危機の当時、日本は中東についての知見が乏しく、つながりも希薄でした。
この反省から、翌年の 1974 年には中東経済研究所が設立され、中東の専門家を育成・維持 するとともに、中東についての調査研究を深めてきました。その後中東経済研究所は当日 本エネルギー経済研究所と統合し、当研究所内に中東研究センターが設けられているとこ ろです。
今では中東研究センターは日本での有数の中東専門家の集団となり、日本政府や産業界 に対して、中東に関する様々な情報や分析を発信してきているところです。もちろん中東研究センターだけでなく、日本政府も多くの日本企業の皆様も産業の重層化・多様化に向 けて中東諸国との関係構築に鋭意取り組んできたところです。
しかしながら、近年においては、米国におけるシェールガス・オイルの開発、地球温暖 化問題の下での脱化石燃料の流れなどを背景に、原油の中東依存率が高まる中で残念なが ら日本の産業界の中東に対する関心が低下してきていることは現実だと思います。わが国 のいくつかの石油権益も失われ、LNG長期契約の中には更新されないものも出てきてい ます。
こうした状況の中で今回のエネ ルギー危機を迎えました。脱ロシアを進める上では中東 の重要性は格段に高まっています。エネルギー価格の高騰が巨額のお金を中東にもたらし ています。また中東諸国は将来に向けた様々なプロジェクトに積極的に取り組んでいます。 欧米諸国だけでなく、中国や韓国も、エネルギーの確保とビジネス機会の獲得のために首 脳レベルでの中東訪問を含め。中東に猛烈にアプローチしています。
これに対し、我が国の取組が残念ながら見劣りすることは否めません。私自身 12 月上旬 に招かれてサウジアラビアでの大きな国際的なコンファレンスに参加したのです が、欧米 企業や中東系企業で働く欧米人が目立つ中で、日本の存在感は希薄でした。中東の有力エ ネルギー企業幹部からは、水の電気分解や炭素リサイクルの分野における日本企業の存在 感の低さを指摘されました。一方、私がリヤドに滞在した直後に中国の習近平国家主席が サウジアラビアを訪問し、盛大な歓迎を受けたことは日本でも報道されたところです。
中東サイドの日本に対する見方の変化も気になるところです。 11 月のバリでの G20 首 脳会議の機会にサウジアラビアの MBS 皇太子はインドネシアに加え、タイと韓国は訪問 しました。日本も訪問予 定だったのが、急遽キャンセルされ、訪問予定だったタイミング ではサッカー W 杯の開会式を皇太子が観戦している姿が報道されていました。日本訪問の 予定は必ずしも確定していなかったとの説明も耳にはしますが、皇太子はタイ、韓国を訪 問し、中国の習近平国家主席を盛大に歓迎した事実との対比を見逃す訳には行きません。
50 年前に中東を知らず、関係も構築できていなかった反省を、今改めて繰り返す必要が あると痛感しています。サウジアラビアについては人権問題等の批判的報道のイメージが 強いのですが、現地では MBS 皇太子の強力なリーダー シップと巨大なエネルギー収入を 背景に、サウジアラビアが大きく変わっている実情を私自身目の当たりにしました。サウ ジアラビアをはじめとする中東の現状を直視し、日本の官民をあげて中東との関係を再構 築して行くべき時期ではないでしょうか。

4.産業転換と世界への飛躍
第一次石油危機は日本の経済に対して大きな衝撃をもたらしました。特に安い中東原油 に依存していた重厚長大産業にとっては大変な試練となりました。こうした危機的状況の 中で、日本の産業界は省エネと産業転換を徹底的に進めるとともに、省エネ技術を活かし、 自動車産業 を中心に世界の市場に大きく飛躍して行きました。まさに先人の皆様は危機を チャンスに転換したのです。
カーボンニュートラルも日本の経済産業にとっては大きな試練です。特に二酸化炭素排 出量の多い素材産業を抱え、化石燃料を消費する自動車産業を中核とする製造業が大きな 役割を担い、同時に再生可能エネルギーのポテンシャルに恵まれない日本にとっては難し いチャレンジであることは間違いありません。
しかしながら、 50 年前の石油危機の時と同様に、カーボンニュートラルへの挑戦も日本 の産業の飛躍の機会になしうると信じています。エネ ルギー転換のためには再生可能エネ ルギーやバッテリーなどに関して様々な素材の役割が大きいのですが、日本の強みのある 分野です。またエネルギー消費の過半を占める非電力分野の脱炭素化は、水素関連技術を はじめ、日本が得意とする化学、鉄鋼、重機械などの力を大いに発揮できる分野です。
年末に決定されたGXロードマップは、まさにグリーントランスフォーメーションを日 本産業の飛躍につなげることを意図しているものと理解しています。実際、GXロードマ ップは非常に包括的なものであり、資金規模も大きなものとなっています。日本政府の強 い意欲が感じられ、期待を大いに持てるものだと思います。
しかしながら、これを日本の産業競争力の強化と世界への飛躍につなげるためには、ロ ードマップの早期具体化が必須です。様々な制度について、方向性のみが記されている場 合が大半です。また諸外国の取組のスピードに比べ、遅れている面があることは否めませ ん。例えば水素について、英国やドイツはすでに、コスト差を乗り越える仕組みを導入済 みですが、日本においては制度の具体化はこれからです。世界との競争に打ち勝って行く ためには、スピードは不可欠です。また。これまで数々の新エネ技術について技術開発で は先行しても、市場競争では負けて きた痛い教訓から、グローバルな市場でのスケールの 確保とコスト競争力の強化が必須であることを徹底することを忘れてはならないと思いま す。 50 年前の石油危機を日本の産業の飛躍の機会に転じた先人達の素晴らしい成果を、カ ーボンニュートラルへの挑戦の中で今の我々の世代が実現できるかどうかが問われている のです。

最後に: 2023 年を節目の年に
2023 年は単に第一次石油危機から 50 年目に当たる年ではありません。 2023 年を、エネ ルギー安全保障を真に強化する年とし、中東との関係を再構築する年とし、そして日本の 産業の飛躍 の年とすることが極めて重要だと痛感しています。 そうした方向に向け、日本エネルギー経済研究所としては、皆様とともに全力で取り組 んでいく所存ですので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

日本エネルギー経済研究所 理事長 寺澤達也
2023年1月